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シャツの歴史

シャツ (Shirt)

シャツの起源と歴史

 歴史的には、古代ローマで着用していたチュニックが起源と云われています。
 現代のワンピースの様な形で、頭から被るスリット付きの布で出来ていて、一般民衆は膝くらいの丈に帯を巻いて着ていましたが、貴族は丈の長い物を着用し、身分によって違いがあったようです。その後、単純な形の袖が付けられたものになりましたが、殆ど変化がないまま中世までその形が受け継がれていきます。

 中世に入ると男性の外衣の丈が短くなり、袖口は細くボタンや衿などもあしらわれ、現代のシャツの形状に近くなります。この頃の衿は装飾が施されたものが多く、RAFF/ラフと呼ばれる車型のヒダの付いた型などが貴族階級の間で流行していました。また男女の合せの違いもこの時期から始まった様です。

 19世紀にはボタンの普及もあり、上流階級だけでなく、一般の人々が広くシャツを着用するようになり、この時代に現代のシャツの形がほぼ確立しました。シャツのデザインの多くはディタッチャブル/取り外し式のウイングカラーでカフはダブル、フロントはプルオーバーでした。素材は、一部の拘りを持った紳士の間ではリネンを好んで着用していたようですが、産業革命後はコットンが急速に広まっていきます。

 19世紀後半になると衿は折り返され現在のようになり、衿腰の高いハイカラーが主流となりました。またカフス、裾のスリットが丸くカットされ、プルオーバーからコートシャツ/前開きのフロントに変わっていきました。

シャツの革新

 20世紀に入るとアメリカでシャツの革新が始まるようになります。
 それまで下着としての位置づけが強かったシャツは、多様化し、カジュアル化の傾向も強くなり、シャツについてのイメージが大きく変わっていきました。

 衿型も、ピンカラー・タブカラー・スプレッドカラーなどが登場し、ボタンダウンに於いては、元ブルックス・ブラザースの社長のジョン・ブルックス氏が、英国でのポロ競技のシャツにヒントを得て考案したとの事です。また1930年代には、まだドレスシャツがシャツの中心でしたが、リゾートで着用する物はニットや布帛のプリント柄を使うなど、カジュアルを意識したシャツが少しずつ増えていきます。

 近年、スポーツウエアを日常的に着ることにより、この傾向にいっそう拍車をかけています。スポーツシーンでの着用を考えたデザインがされ、さまざまな生地を用いてつくられるシャツは、いままで以上に幅広く、多様化していきます。

 また今日ではシャツの外衣化傾向も著しく、シャツ的上着や、芯地・パットを使わないジャケットなどが多くなり、機能的な面を重視した流れが今後も続いて行きそうです。

シャツの語源

 古代英語ではシャツをSCYRTE/スキルトと呼び、その語源はスカンジナビア語のSKYLTA/スキルタであったといいます。シャツを指す言葉ですが、「短い着物」という意味合いで使われていました。おもしろい事にSKIRT/スカートもまた同じ語源で、同じ短い着物でも上半分に重点をおいたものがシャツで、下半分に重点をおけばスカートになります。SCYRTE/スキルトは11世紀頃から用いられたらしく、SCHIRTE、SHERTEなどのつづりを経て、16世紀頃「SHIRT」になったとの事です。

 「ワイシャツ」という言葉は、日本で作られた和製英語で、一般的に海外ではドレスシャツと呼ばれています。明治時代に普及しはじめた頃は、白の長袖だけだったので、英語の「WHITE SHIRT」が訛りワイシャツと呼ぶようになったとの事です。また、西日本で呼ぶことが多い「カッターシャツ」は、1918年、スポーツメーカー 美津濃/現ミズノの創業者が考えた造語で、「勝った」をもじったという話です。

映画の中におけるシャツの着こなし

 1950年代以前の映画は、男性のお洒落な格好といえば、上着を着用したスーツやジャケットスタイルが殆どで、シャツ姿といえば西部劇か、俳優のプライベートでのスナップくらいでした。その後、シャツ姿が粋な映画が少しずつ見られる様になり、格好いい男優の上着を羽織らないシーンが取り上げられるようになって行きます。

 1962年に始まった007シリーズで初代ボンドのショーン・コネリーは、洗練されたスパイに見せるため、ターンブル&アッサーでシャツを作り、素敵なスーツとシャツの着こなしで英国紳士のイメージを作り上げました。また1987年、2011年に上映された『ウォールストリート』では、マイケル・ダグラスがスーツの上着を脱ぎ、ワイシャツ/サスペンダー姿でお洒落な投資家を演じるシーンも印象的です。

信濃屋におけるシャツ

 19世紀後半、文明開化の頃に日本へもたらされたとされていますが、一般的には和装が中心で、ごく一部の人達が着用するくらいでした。1866年に創業した信濃屋では、洋品雑貨の販売が中心で、本格的にシャツを取り扱うようになったのは後年になってからと云われています。

 第二次世界大戦後から数年経って店舗を再開した頃は、オーダーで承り、取替え用のカラー/衿を取扱う位で、生地のカラーバリエーションも少なく殆どが白でした。1960年代後半に入り、輸入品のカジュアルシャツも少しずつ入荷するようになりましたが、当初の布帛シャツは長袖のみで、日本からの要望もあって、半袖のスポーツシャツが作られるようになったと云う話もあります。

 ドレスシャツは、1980年代の初めまで日本製のオリジナルを作製していましたが、その後 ピッティウォモ等の欧州仕入れに頻繁に行くようになり、FRAY、BURINI 、BORRELLI等をOEMで作るようになりました。2000年以降はパターンオーダーシステムも加わり、衿型や素材等の面でバリエーションの幅を広げて展開しています。


参考文献
・スタイル社『エスカイア版20世紀メンズファッション百科辞典』(日本語版)
・山喜株式会社 ホームページ「シャツ辞典」
コトバンク ホームページ「シャツ」
・アシェット婦人画報社『NEW MEN’S CLUB BOOK No.4 THE SHIRT』

 

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