ギネス社訪問
ロンドンの雨傘には苦い思い出があります。
自分が40代の頃です。当時あるクレジットカード会社のゴールドカード会員向けの月刊誌を創刊することになり、その目玉として世界各国で成功しているいわゆる多国籍企業のトップにインタビューするというのを企画しました
多国籍で成功するマーケティングの秘密を探ろうというものです。編集主幹としてそのインタビューは自分が担当することになりました。本社の社長室か会長室に直接お邪魔してお話を伺おうというものです。
創刊号のコカ・コーラ社のドナルド・キーオ社長をスタートに丸4年間、48人の世界のモンスターたちとお会いしました。
なかにはプレイボーイ社の社長クリスティ・ヘフナー(ヒュー・ヘフナーの娘)のような美人や、ピエール・カルダン、ジョルジオ・アルマーニ、リチャード・ダンヒル(アルフレッド・ダンヒルの孫)当人と、ティファニー、シャネル、エイボン、モエヘネシー・ルイヴィトン、のような親しみ深い会社も多く興味は尽きませんでした。
創刊から1年目が終わるころの11号目にギネス社のビクター・J・スティール社長に会うためにロンドンのパークロイヤルを訪れました。
ロンドン流の教え
ギネス社は1759年に創始者アーサー・ギネスが有名な黒ビール(スタウト)を作ったのが始まりで、スコッチウィスキー(ベル)、1000店を超えるコンビニ(セブン・イレブン)、高級ホテルチェーンなどを経営する総合多国籍企業でした。
特に出版業は聖書の次に読まれているといわれる「ギネスブック」を擁し、これだけでも一大産業となっています。ロンドンのパブで「何が一番か」が議論になると収拾がつかなくなるので、そんな時に「これが一番だ」と決着を付けるために、バーテンダーにギネスの販促品として配ったのだそうです。
インタビューも順調におわり、ロンドンの散策を楽しみながら王室御用達の洋品屋スワィン・アデニー・ブリッグをのぞきました。ここの傘はフォックスと並んでロンドンの傘の双璧といわれるものです。
フォックスとブリッグの傘は、バーバリーとアクアスキュータムのように、それぞれに熱烈な愛好者がいるのはご承知のとおりです。
インタビューがうまくいったご褒美に傘を1本奮発して、意気揚々とホテルに帰ってきました。親しくなっていたホテルのベルボーイに「いい傘ですね、でもお客様がロンドンにいる間にきっと失くしますよ」と言われました。
注意していたにもかかわらず、その傘は見事に無くなってしまいました。
ベルボーイの言葉が、一流品を身に着けるにはそれに相応しい心構えとライフスタイルが必要だというロンドン流の教えだと気が付いたのは、しばらくあとになってからです。
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