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あばずれ女と歩く。

あばずれ女と歩く。

男の自信が失われた

 あばずれ女は辞書によると「性的魅力を武器にして男を取り込む女性。Vamp(ヴァンプ)」とあります。ではVampをネットで調べてみると「魔性の女(例えばルパンⅢ世の峰不二子)。くつの甲」とあります。

 峰不二子のような女性と歩けるはずもないので、今月は色気が無いくつの甲の話になります。

 何の飾りもないシンプルな甲だけでできているモカシンタイプのスリップオンをVamp(ヴァンプ)といいます。はじめてヴァンプをかつてのVANショップの売場で見た時の衝撃は、まさにはじめて魔性の女に出会った時の大きさでした。見たこともないデザインに初心なIVY少年はすっかり取り込まれてしまいました。

 初めて買ったヴァンプは甲の形が蛇の頭のような菱形をしているコブラヴァンプです。つま先が低く、踵にかけてなめらかに高くなるデザインで、つま先も踵も同じように平べったいローファーにくらべて、女性的なエレガントさがあります。足を入れた時の踵の深さはウィングチップなどの紐靴よりも深く、つま先が薄くても脱げにくくなっています。

 トラッドにもこんなにお洒落な靴があるんだ。あばずれ女なんてとんでもないと思いながら、うきうきと足を通して鏡の前に立ってみました。これでお洒落なIVYになれるかもしれない。

 ところが履いてみてびっくりです。それまでのローファーに合わせて揃えていたIVYのワードローブではヴァンプは履きこなせなかったのです。

 当時持っていたくつは、ローファー、プレーントウ、ウィングチップ、チャッカ―ブーツ、デザートブーツで、どれを履いても、どの服ともコーディネイトできました。生意気にIVYをマスターしたつもりでいたのですが、この魔性の女によってその自信が見事に打ち砕かれたのです。

魔性の女の教え

 そこで今まで絶対だと思っていたコーディネイトをもう一度見直すことになりました。

 それまでの服はカチッとした男性的なものが多く、ジャケットやスーツは冬はツイードやフラノ、夏はチノやコードレーンで、どれも持っているくつにぴったりはまります。

 細番手のウールのスーツやトニック、ピケ、リネンなど、どちらかというと女性的なエレガントなものは持っていませんでした。どれもIVYのコバの大きいくつには似合わないと思っていたのかもしれません。

 逆にそういう素材のほうがヴァンプに合うのだと気が付いたのです。夏にはしわを着こなす麻のスーツ、ジャケット、スラックスが格好いいと分かっていましたが、ローファーでは着こなせないので持っていなかったわけです。

 ヴァンプで合わせるとぴったりはまりました。特に冬がすぎて厚手のコートやツイードのジャケットが、スプリングコートや薄手のジャケットに代わってくると、ヴァンプで歩くのが楽しくなります。

 それからは服の選び方も、ヴァンプに合わせるために、今まで考えてもみなかった女性的なエレガントなコーディネイトも気にするようになりました。改めて女性のファッションをみてみると、カラーコーディネイトといい、素材の豊富さといい男はとてもかなわないと思ったものです。

 VANやメンズクラブを教科書にしてTPOやワードローブを学んできたIVY少年にファッションの奥行きを教えてくれたのが、この魔性の女だったのです。

 
著:小熊俊行(おぐま・としゆき)
大手広告代理店を経て、(株)マーベリック出版を設立。米国DC COM社と提携し「月刊スーパーマン」創刊。
1980年(株)バス・コーポレーションを設立、現在に至る。
東京ディズニーランド開業、横浜博覧会、関西国際空港開港等のプロジェクトに参画し、好意づくりのコミュニケーションを目指す。
また地域のまちづくりや活性化事業のアドバイザー等、生活者のニーズを満たすまちづくりや担い手づくりなどの支援活動に携わる。
トラッドなアイビーファッションの愛好者であり、2014年より(株)信濃屋の顧問を務める。
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